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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)4865号 判決

原告 国

代理人 塩見和夫 友次英樹 ほか二名

被告 東洋企業株式会社

主文

被告は原告に対し、金八六万四八〇五円及びこれに対する昭和五〇年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一七二万九六一〇円及びこれに対する昭和五〇年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

小野郵便局非常勤職員の訴外亡岸本正史は、昭和五〇年一月四日午前一〇時ころ、郵便物を配達するため原告所有の自動二輪車(ヤマハV九〇―D)に乗車し小野市日吉町五七〇番地一所在の被告経営の小野東洋ゴルフ倶楽部(以下本件ゴルフ場という。)へ行く途中、本件ゴルフ場入口両側の鉄柱間に張り渡してあつた立入り規制のための鉄鎖(以下本件鉄鎖という。)に頸部を引つかけて転倒し、頸髄損傷、頭部外傷により即死した。

2  本件事故の原因

本件事故は、本件ゴルフ場入口の立入り規制施設の設置又は管理について次に述べるような瑕疵があつたため、岸本正史が本件鉄鎖の存在に気づかないで同入口を通過しようとしたことにより発生したものである。

(一) 本件ゴルフ場入口には、夜間又は定休日の外来者の入場を規制するため、同入口両側の鉄柱に上下二本の鉄鎖を張り渡す仕組みの閉門設備(以下本件立入規制施設という。)があつた。

(二) 本件事故当時は右鉄鎖の上側の一本である本件鉄鎖のみが、五・一四メートルの道幅全体に両端の高さ一・五メートル、道路中央部の高さ約一メートルと湾曲した状態で張り渡されていた。

(三) 本件鉄鎖は黒味がかつた錆色を呈し、本件ゴルフ場入口付近に車輌を走行して差しかかつた際背景となる杉小立や植込みと同系色であつたことからその存在がややもすれば見落され易い状況にあつたうえ、本件事故当時は快晴で、太陽は抑角約二五度、方位真南から東へ三二度の位置にあり、本件ゴルフ場に進入する車輌からは逆光の関係にあつたので、本件鉄鎖の存在の確認が一層困難であつた。

(四) 本件事故当時、本件鉄鎖の手前の道路東側(本件ゴルフ場に向つて左側)には、黒色と黄色のゼブラ模様の塗染を施し、その上部前面中央部に「諸車通行止」の文字及び通行止めの規制道路標識〈×〉を記載した標識板を固着させた木製遮断標識柵(以下本件「うま」という。)が道路に直角に設置されていた。しかし、本件「うま」は本件ゴルフ場入口道路の左側部分に設置されていたので本件ゴルフ場に所用の外来車輌が本件「うま」の西側(本件ゴルフ場に向つて右側)を通常速度で進入することも容易に予測されるところであつた。

(五) 以上のように本件鉄鎖はややもすれば見落され易く、外来車輌が本件鉄鎖の存在を見落したまま本件「うま」の右横を進入することが予測される危険な状況にあつたのに、本件事故当時、本件鉄鎖に標識を吊すとか、本件鉄鎖手前道路の全幅員にわたつて「うま」を併置するなど本件鉄鎖の存在について注意を喚起させ危険を防止する格別の措置は講じられていなかつた。

3  本件事故についての被告の責任原因

本件立入り規制施設は、民法七一七条の土地の工作物に該当し、被告はその占有者兼所有者であるから、被告は同条に基づき、岸本正史及びその遺族が本件事故によつて被つた損害を賠償する義務がある。

4  岸本正史及びその遺族の損害

(一) 往診及び死体検案料(実費)五〇〇〇円

(二) 逸失利益    二七八六万七六五〇円

岸本正史は本件事故当時一七歳であつたから、一八歳で就業するとして六七歳まで四七年間就労可能であり、昭和五〇年現在の男子労働者の平均月間給与額は一五万〇二〇〇円、年間賞与その他の特別給与額は五六万八四〇〇円(賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表の「全産業全男子労働者全学歴計、きまつて支給する現金給与額及び年間賞与その他特別給与額による年収」に基づき算定)である。

そこで、右給与額を基礎として生活費を収入の五〇パーセントとし、さらに岸本正史は当時高校生で、その後一五か月間の高校就学期間を残していたのであるから、その間の養育費を月額二万円とすると、岸本正史の逸失利益は、二七八六万七六五〇円になる(別紙算式参照)。

(三) 葬祭費    一三万七六一〇円

但し、人事院規則一六―〇(本件事故当時施行のもの、以下同じ。)の三一条一項により算出した額。すなわち、九万円と一、五八七円(同規則にいう「平均給与額」)の三〇日分を加えた一三万七六一〇円

5  原告の求償権の取得

(一) 原告は、岸本正史の本件事故による死亡を公務災害と認定し、国家公務員災害補償法の規定に基づき、昭和五〇年二月一〇日岸本正史の相続人である遺族岸本俊美及び同岸本さよ子に対し次の補償給付を行なつた。

(1) 療養補償    五〇〇〇円

但し、往診及び死体検案料。

(2) 遺族補償    一五八万七〇〇〇円

但し、人事院規則一六―〇の三〇条一号により算出した額。すなわち一五八七円(同規則にいう「平均給与額」)の一〇〇〇日分

(3) 葬祭補償    一三万七六一〇円

前記4の(三)と同一。

(二) そこで、原告は、国家公務員災害補償法六条一項の規定に基づき、右補償給付を受けた岸本正史の前記遺族らが被告に対して有する損害賠償請求権を右補償給付合計額一七二万九六一〇円を限度として取得した。

6  よつて、原告は被告に対し、右求償金一七二万九六一〇円及びこれに対する補償金給付の日の翌日(本件不法行為の後)である昭和五〇年二月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本件ゴルフ場入口に原告主張のような本件立入り規制施設があつたこと、本件事故当時鉄鎖が原告主張のような状態で張り渡されていたこと(但し、本件鉄鎖中央部の地上からの高さは〇・八メートルである。)、本件事故当時は快晴で太陽が原告主張の位置にあたつたこと、本件事故当時の本件「うま」の形状および設置位置が原告主張のとおりであつたこと、は認めるが、その余の事実及び主張は争う。

3  同3の事実のうち、被告がその占有者兼所有者であることは認める。

4  同4の損害内容及び損害額は争う。

5  同5の事実は不知。

三  被告の主張

1  本件立入り規制施設の設置及び管理に瑕疵はなかつた。その理由は次のとおりである。

(一) 本件鉄鎖と背景色との関係は車輌の進行に従つて変化し、本件鉄鎖の手前約二五メートルの地点に至るまでは背景は舗装道路であり、その後杉小立が背景になるが、本件鉄鎖の左側部分の背景は直近するまで舗装道路であるから、車輌運転者が一度でも進行方向を見れば、本件鉄鎖の存在に容易に気がつく筈である。

(二) 本件事故当時の太陽の位置は岸本正史の進行方向の左前方四二度、仰角二五度であるから、進行中の上り坂の勾配(一〇度から一五度)及び岸本正史の目の位置を考慮しても、太陽光線は真正面からの逆光ではなく、四二度も左上方からの光線であり、さらに真冬の鈍い光線であつたことを考えると、本件鉄鎖の存在を確認することが困難になる程度のものではなかつた。

(三) 本件「うま」は横幅が二・七四メートルあり、これが道幅四・八五メートルの道路の進行方向左側に設置されていたのであるから、本件「うま」の右端は道路の中央線を越えており、本件「うま」に固着された「諸車通行止」の文字及び通行止めの規制道路標識〈×〉の記載のある標識板と相まつて、本件「うま」は、本件ゴルフ場入口に進入しようとする車輌の道路の幅員全体にわたる通行止を表示し、その注意を喚起しようとするものであつた。したがつて進入車輌が本件「うま」に従つて進入を停止すれば、仮に本件鉄鎖の存在を看過したとしても危険はないのであるから、本件立入り規制施設の設置及び管理に瑕疵はない。

(四) 本件事故は、岸本正史が本件ゴルフ場入口に進入するに際し、本件事故当日は定休日で同入口に本件鉄鎖が張り渡され、手前に諸車通行止めを表示する本件「うま」が設置されていたにもかかわらず、自動二輪車に乗つて時速五〇キロメートルないし七〇キロメートルの高速で前方注視を怠つたまま進行したため、これに全く気がつかず、無謀にも前記高速のまま本件「うま」の右側を通過して同入口に進入しようとしたために発生したもので、岸本正史の一方的な過失に基づくものである。

2  仮に被告の本件立入り規制施設の設置又は管理に瑕疵があつたとしても、岸本正史には前記のとおり重大な過失があるから、損害額の算定につき考慮されるべきである。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張1、2はいずれも争う。

第三証拠関係 <略>

理由

第一本件事故の経緯についての判断

一  小野郵便局の非常勤職員であつた岸本正史は、昭和五〇年一月四日午前一〇時ころ、郵便物を配達するため自動二輪車に乗つて被告が経営する本件ゴルフ場内へ行く途中、本件ゴルフ場入口の本件鉄鎖に頸部を引つかけて転倒し、頸部損傷、頭部外傷により即死したこと、本件ゴルフ場入口には、同入口両側の鉄柱から上下二本の鉄鎖を張り渡す仕組みの本件立入り規制施設があつたこと、本件事故当事は右鉄鎖のうち上側の一本である本件鉄鎖のみが両端が高く(約一・五メートル)中央部が低く湾曲した状態で張り渡されていたこと、本件事故当時は快晴で、太陽は仰角約二五度、方位真南から東へ三二度の位置にあつたこと、本件事故当事、本件鉄鎖の手前の道路左側部分には、「諸車通行止」の文字と通行止めの規制道路標識〈×〉の記載された標識板の固着してある本件「うま」が道路に直角に設置されていたこと(ただし、本件「うま」の右端が道路中央線を越えていたかどうかについては争いがある。)、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  <証拠略>を総合すると次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  被告は、昭和四八年一〇月ころから本件ゴルフ場入口に本件立入り規制施設を設置していたが、これは防犯上、夜間及び本件ゴルフ場の定休日(毎週月曜日及び一二月三一日、一月一日、同月四日)に外来者の入場を規制するためのものであつた。しかし、定休日においても、ゴルフコースの整備のため、本件ゴルフ場に早朝出勤する従業員によつて鉄鎖がはずされることが通常であつたため、昼間鉄鎖が張られていることは本件事故当時ほとんどなかつた。

2  被告は、本件事故当日が定休日であつたが、ゴルフコースの整備もしないことにしていたので従業員が早朝出勤することもなく、鉄鎖は張られたままであつた。しかし、本件事故直前に集金業務のため本件ゴルフ場をおとずれた神戸銀行の四輪車が入場するにあたり、本件立入り規制施設の二本の鉄鎖のうち下側の鉄鎖のみを東側の鉄柱からはずしたが、西側の鉄柱にはつながつたままであつたので、西端が斜めに持ち上げられたような形で道路上に横たえられており、上側の本件鉄鎖については中央を持ちあげることにより右四輪車がその下をくぐり抜けこれをはずすことをしなかつたので、上側の本件鉄鎖一本が湾曲した状態(両端の高さ約一・五メートル、中央部の高さ約一メートル)で道路の幅員(五・一四メートル)全体に張り渡されたままであつた(なお右四輪車に本件ゴルフ場の支配人が同乗していた。)。

3  本件ゴルフ場入口は、市道小野一六四号線からT字形に南行する直線道路の同市道から約一五〇メートルの地点にあつて、ゴルフ場の敷地であることを示す金網のフエンスが入口の両脇まで続いていたが、道路自体には、敷地の内と外とを区別できるような目印はなく、同じような舗装状態が続いていた。本件鉄鎖の背景は、その約二八メートル手前からはじまる約一〇度の上り坂にかかるころから本件鉄鎖の直近まで、その左側の一部が舗装道路になることがあるほかは、おおむね本件ゴルフ場内の杉小立又は植込みである。本件鉄鎖の色は茶かつ色で、本件事故当時の右杉小立及び植込みの色は濃緑色又は黄かつ色で一部同系色であるため、五・一四メートルにわたつて空中に張り渡された本件鉄鎖は状況によつてはその存在が見えにくくなる状態にあつたうえ、本件事故当時は快晴で、太陽が進入車輌の左前方四二度、仰角二五度の位置にあつてやや逆光のようになつていたため、勾配約一〇度の上り坂を上つている進入車輌運転者は、前方を相当注意して見ていないと本件鉄鎖の存在を確認しえない状況にあつた。

4  本件鉄鎖の手前一メートルないし二メートルの道路(幅員四・八五メートル)の左端から中央部にかけて道路にほぼ直角に前記のような標識板(縦〇・一六メートル横〇・六二メートル)を固着した本件「うま」(横幅二・七四メートル)が設置され、その右端は道路の中央線を約二〇ないし三〇センチメートル越えていたが、自動二輪車ならば本件「うま」に妨げられることなくその右横道路上を容易に進行できる状態にあつた。

5  被告は、本件事故当時はもちろん、従来本件鉄鎖を張り渡していた際にも本件「うま」を設置するだけで、本件鉄鎖の存在について外来車輌の運転者の注意を喚起する格別の措置を講じてはいなかつた。

6  本件ゴルフ場入口には郵便受けが設けられていないため、小野郵便局員は、従来から本件ゴルフ場の営業日、定休日を問わず本件ゴルフ場内の事務所まで郵便物を届けており、このことは被告も承知していた。

7  岸本正史は、昭和四九年一二月二四日から年賀状集配のためのアルバイトとして雇われ本件ゴルフ場を含む市外八区の郵便物の集配を担当し、本件事故前の同年一二月二六日から昭和五〇年一月三日(但し、一二月三〇日と一月二日は除く)までの毎日、したがつて一二月三一日と一月一日の二回の定休日にも本件ゴルフ場内まで郵便配達をしていた。

8  岸本正史は、昭和四九年四月二三日自動二輪車の運転免許証を取得し、右集配にあたつても自動二輪車に乗車していたが、本件事故当時乗車していた自動二輪車には別段欠陥はなく、岸本正史の視力、健康状態に異常はなかつた。

三  以上の認定事実によつて案ずるに本件鉄鎖はこれを道幅全体に張り渡した場合、それ自体細い鉄鎖であるうえ、天候、季節、時間などによつて背後の杉小立、植込みの色彩、太陽光線等の状況が変化し、走行する車輌の運転者としては相当注意して見ないとその存在が確認しえない場合の生ずることが容易に予測されるから本件鉄鎖を張り渡すときには、右のような状況のものでも本件鉄線の存在を走行する車輌の運転者が容易に確認できるような設備又は方法を講じて危険の発生を防止する必要があつたといわなければならない。しかるに、被告は、本件鉄鎖の手前の道路の主として左側部分に本件「うま」を設置するのみで、本件鉄鎖に標識板を吊すとか、「うま」を道路の幅員全体に併置するなどの必要な事故防止措置を講じていなかつたのであるから、本件立入り規制施設の設置又は管理には瑕疵があつたものといわざるをえない。

もつとも、被告は、外来車輌の運転車が道路の幅員全体の通行止を表示する本件「うま」に従つて本件鉄鎖の手前で進行を停止すれば、仮に本件鉄鎖の存在を看過したとしても危険はないのであるから、本件立入り規制施設の設置に瑕疵はない旨主張する。

しかし、本件「うま」は、本件ゴルフ場の敷地内と外とで道路の幅員、舗装状態に区別できるような状況がない、いわば公共の道路に近い道路上に設置されたもので、本件事故当時は、本件ゴルフ場進入道路の主として左側部分に設置されていたにすぎず、その右横には自動二輪車ならば容易に進行できるだけの幅員があつたこと、本件鉄鎖は本件ゴルフ場の定休日にも昼間は張られていないことが通常であつたこと、小野郵便局員は従来から定休日にも本件ゴルフ場内まで郵便物を届けており、そのことは被告も承知していたことからすると、本件「うま」は外来車輌の本件ゴルフ場内への進入を全面的に禁止するに足るものであるとはいえず、所用のある外来車輌がその右横を通過することを妨げないものであるとみるほかはない。したがつて被告の右主張は採用できない。

以上の次第であるから、本件事故は、岸本正史が本件立入り規制施設の設置又は管理の瑕疵によつて本件鉄鎖の存在を容易に確認しえない状況にあつた際に、その存在を確認することができずに本件ゴルフ場に進入したために発生したものであることは明らかである。

第二本件事故についての被告の責任原因についての判断

被告が本件立入規制施設の所有者兼占有者であることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、本件立入り規制施設が民法七一七条の土地の工作物であることは明らかである。

したがつて、被告は同条に基づき、岸本正史及びその遺族が本件事故によつて被つた損害を賠償する義務がある。

第三過失相殺についての判断

<証拠略>によれば、本件事故後岸本正史は本件鉄鎖の位置から約九メートル南にのぼつた道路上に血まみれで頭を上にうつ伏せに倒れており、さらにそこから一二・三メートル南にのぼつた道路端の植込みの中に右岸本が乗つていた自動二輪車が横転し、そのまわりに郵便物が散乱していたこと、本件鉄鎖の張られていた周辺の道路上には全くスリツプ痕がなかつたこと、右転倒の状況から推測すると右岸本が本件鉄鎖に衝突した当時、五、六〇キロあるいはそれ以上のスピードが出ておりブレーキはかけていなかつたとみられること、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定した事実と第一の二において認定判断した事実とを合わせ考えると、岸本正史は終始本件鉄鎖の存在を確認しえないままこれに衝突して本件事故をひき起したものと推認できるが、その当時本件鉄鎖の手前一ないし二メートルの道路の左端から中央部にかけて設置されていた本件「うま」の右端は道路の中央線を約二〇ないし三〇センチメートル越えて右側部分に及んでおり、道路上には本件鉄鎖の下側の鉄鎖がはずされて横たえられ、その右端は斜めに鉄柱に持ち上げられるような形でつながつていたのであるから、かかる右側部分を進行して本件ゴルフ場内に進入するにあたつては、徐行するかないしは前方道路上を注視して事故の発生を未然に防止する注意義務があつたとみるのが相当である。ところが、右岸本は、一二月三一日と一月一日の定休日には同じように本件「うま」が設置されていながらその脇を通り抜けることができたため、事故当日も同じように右側部分を進行できるものと速断し、前方注視不十分のまま徐行することなく右側部分を進行しようとした過失によつて本件事故を招来したものということができる。

したがつて、本件事故は被告の本件立入り規制施設の設置又は管理の瑕疵と岸本正史の徐行ないし前方不注視の過失が競合してひき起されたものといわなければならず、この被告の責任と岸本の過失との割合は、前記各認定の一切の事情をしんしやくすると五分五分と評価するのが相当である。

第四原告の求償権の取得についての判断

一  <証拠略>によると、原告が岸本正史の本件事故による死亡を公務災害と認定し、国家公務員災害補償法の規定に基づき、昭和五〇年二月一〇日、岸本正史の遺族(両親)である訴外岸本俊美、さよ子に対し、療養補償、遺族補償、葬祭補償として合計一七二万九六一〇円(岸本俊美に九六万六一一〇円、さよ子に七九万三五〇〇円)を(その計算の根拠は請求原因5(一)記載のとおり)支給したことが認められ、他にこの認定に反する証拠はない。

二  また、岸本正史が本件事故によつて被つた損害及びその遺族である岸本俊美、さよ子が被つた損害の合計金額は、右各補償給付の金額を上廻ることは弁論の全趣旨に徴して容易に認めることができる。したがつて、原告が右各補償給付をしたことにより国家公務員災害補償法六条一項の規定に基づき取得した被告に対する損害賠償請求権の金額は、右給付額一七二万九六一〇円を前記過失割合で按分した八六万四八〇五円であるというべきであるから、同金額が、原告が被告に求償しうる額ということになる。

三  なお、右求償金額を確定するにあたり、国が補償給付をした金額を過失割合によつて按分してこれを算出した理由は、次のとおりである。

国家公務員災害補償法は、公務員の公務上の災害に対する補償を迅速かつ公正に行なうことを主たる目的とする法律であるが、その補償は災害が生じた場合に、国が同法の定める基準に従い、特殊な場合を除き被災公務員の過失の有無にかかわらず、一定の金額を給付するものであり、したがつて同法による補償給付は、一般の損害賠償とは異なる社会保障の性質をもつものということができる。

しかし、その災害が第三者の行為によつて生じたときは、被災公務員は国に対して同法に基づく補償給付請求権を取得するとともに、第三者に対しても損害賠償請求権を取得するが、同一災害による損害の二重填補を認める趣旨でないことは同法六条一、二項の規定がおかれていることにより明らかであり、同規定は一項において国が補償を行なつたときは国は被災公務員が第三者に対して有する損害賠償請求権を右補償の価額の限度で求償取得するものとし、他方二項において被災公務員が第三者から損害賠償を受けたときは国はその価額の限度で補償の義務を免かれる旨を定めて、両者が相互に補完し合う関係にあることを示しているのである。

ところで、被災公務員にも過失があつて、被災公務員が第三者に対しては過失割合によつて按分した金額しか損害の賠償を請求しえない場合においても、前述のように国の補償給付は社会保障たる性質を有するから、国が右被災公務員に対してなすべき補償給付の額は、右過失の有無を問わず一定額であることを考えると、このような場合の補償給付と損害賠償との相互補完の関係については第三者が全面的に損害賠償義務を負う場合とは異なる配慮が必要となる。すなわち、第三者が全面的に損害賠償義務を負う場合には損害賠償と補償給付との性質の違いは相互補完の関係を考えるにあたつて結果の差異をもたらさないが、被災公務員にも過失がある場合には、性質の異なるものを同一性質のものに評価換えしたうえで相互補完の関係を見直す必要が生ずるのである。つまり損害賠償と性質の異なる補償給付の内容を吟味し、その中に含まれる第三者に対する損害賠償と重なり合う部分を見出したうえで相互補完の関係を考えなければならないのである。しかるに、第三者と被災公務員の双方に過失がある場合には全損害を第三者の負担部分に属する損害と被災公務員自身の負担部分に属する損害に分けることができるところ、補償給付は右各負担部分に属する損害を合わせ補償するものであると解するのが合理的であり、相互補完の関係に立つのはそのうち第三者の負担部分に属する損害について補償した部分とみるのが相当である。したがつて、国が補償給付することによつて被災公務員から求償取得しうる損害賠償請求権は、第三者の負担部分に属する損害について補償した金額についてのみと解することになり、それは、結局補償給付した金額を第三者と被災公務員の過失割合によつて按分して算出される金額ということになる。

このような解釈は、国が補償給付したのちに被災公務員が第三者に損害賠償請求した場合に、損害を過失割合によつて按分した第三者負担分から、被災公務員がすでに受領した補償給付額のうち過失割合によつて按分した第三者負担分に属する金額を控除して、なお、請求しうべき金額を算出する方法(便宜上の計算としては全損害額からまず補償給付額全額を控除し、その残額につき過失割合による按分をして第三者負担分を計算する方法と結果的には同一。)と表裏一体をなすのであり、かかる計算方法は、全損害額を過失割合によつて按分した第三者負担分から補償給付額全額を控除する計算方法と比較して、被災公務員の得べき金額はより多くなるという結果をもたらし、同法の社会保障としての制度目的にも合致するものというべきである。

なお、同法六条二項の場合にも、その計算の順序こそ異なれ、被災公務員の得べき金額の合計額が一項の場合と結果的に同一となる計算方法をとることも理論上は可能である。

以上の理由によつて、国が補償給付した金額を過失割合によつて按分した金額に相当する額について損害賠償請求権を求償取得したものと解したのである。

第五結論

叙上の理由によれば、被告は原告に対し八六万四八〇五円及びこれに対する本件補償金給付の日(本件不法行為の日の後)の翌日である昭和五〇年二月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきであるが、その余の支払義務を肯認することはできない。

よつて、原告の本訴請求は右の範囲内で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小倉顕 渕上勤 小野洋一)

算式

(150,200円×12月+568,400円)×(1-0.5)×23.75(18才未満の者に適用される49年間の新ホフマン係数)-(20,000円×15月×0.925(15か月間の同係数))=2,786万7,650円

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